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新装開店 お庭にようこそ

被災保護動物リスト集・わんにゃん生活・ガーデニング・膠原病

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南相馬市鹿島区 3/9 17時 2011/3/11当日のこと 

一年も経つんですね。ワイドショーは勝手にそれっぽいこと言ってて、ふーんって感じです。
警戒区域のことは、なんとなくもやもや~っとした報道しかないのが残念ですね。


被災後は毎日ブログを書いていました。
たった一日だけ、抜けているところがあります。
被災当日のことです。
忘れないように書き留めておきます。


2011年3月11日 午後14時46分。
突然の揺れ、尋常ではない揺れ。
オーくんがパニックを起こして家中を駆け回り続けます。
リビングのつりさげ式の照明も大きく揺れ、落ちて来ないか怖いほどでした。
幸い倒れた家具はありませんでした。

あちこちつかまりながら、急いで窓を開けて、テレビをつけました。
すぐに津波がくると流れました。東北太平洋側の海岸線沿いで赤い帯が点滅していました。

このときむすめは、たまたま学校がお休みで、仙台の、それも海の方のイオンモール名取に遊びに行っていたのです。
電話してもつながりません。
30分後くらいだったと思います。やっとメールで無事が確認できました。
かねてから噂されていた仙台沖地震だと思っていました。
阪神淡路大震災でも、その後の火事が心配でした。
交通機関も期待できません。
迎えにゆかねばと思いました。

でもニュースからチリ地震の津波を思いだし、すぐに出かけるのは危険だと判断しました。
待って待って、津波が到達し落ち着いたのを確認して家を出ました。
16時半くらいのことです。


夜間は冷えます。ダウンを着込み、常備薬・血圧計・情報収集のためのパソコン2台と予備バッテリー・データ通信端末・食糧・水・ホッカイロ・携帯と充電器を車に積み込みました。とにかく情報です。

わんにゃん、みんなにも必ず帰ってくるからねと言って。
猫と犬のフードを山盛りにして、魂猫さまに留守をお願いししました。
絶対に守られていると感じていました。


目的地の仙台市名取までは通常なら2時間くらいです。
6号国道を北上。
県境の山元町ま1時間も走らないところで渋滞になりました。
のろのろと進むうち、周りの田んぼが水田のようになってきました。
木の根っこがなぜか道路脇にドーンと、むき出しになっていました。
海岸線は手をかざしてやっと見えるくらい遥か向こうです。
津波がきたとはいえ、ここまで来るわけはない、きっと用水路があふれたんだろうとそう思っていました・・・。

地震発生からほんの3時間ほどで道路の危険個所には赤いコーンなどが置かれていて感心しました。

やっとその地点を越したものの、今度は消防団の方に左折誘導されました。
「通れない!」というのです。
あせります。心の中で悪態をつきました。
仕方なく田舎道を前の車についてひた走ります。
公民館らしいところに人が集まっていました。
薄明りの中、おばさんがふつうにワンコをお散歩させていました。
巡ってまた6号国道に戻ってきました。

しばらく走って、ついにぴたりとも進めなくなってしまいました。
南下の対向車線はガラガラです。
18時過ぎだったと思います。

むすめの携帯メールをPCで受信するのですが、タイムラグが15分くらいあってジリジリと返事を待ちました。
店員さんの誘導で駐車場にいるとのことでした。
日は落ちて冷え込んできていました。でも車は進みません。
何度かのメールの後、近くの避難所に連れていってもらえるとのことで、ちょっと安心しました。
「とにかく周りの人に話しかけなさい」と送りました。
黙っていては気も滅入るし情報も入りません。


メールして血圧測って、メール確認して薬飲んで(_ _;)。
山の横道に入ってみましたが、ナビもなく迷子になりそうです。
田舎なので、国道を一本奥にはいると、いのししが出そうな道になってしまうのです。
仕方なくまた国道に戻りました。
カーラジオからFM仙台の女子アナの声が流れます。
「あ、また大きな揺れがありました。みなさん、落ち着いて行動してください。」何度聞いたでしょう。このひともさぞかし怖いだろうにと励まされました。
揺れは続きます。
ガソリンを無駄に出来ないので、エンジンを切っては寒さに我慢できなくなるまで待ってまた入れて、の繰り返しです。

このままでは車で一晩過ごすことになりそうでした。
渋滞の列から、海側の脇道に入っていくライトが何台かみえました。
いちかばちか・・・
そちらに向かってみましたが、すでに真っ暗でなにも見えません。追いかけようもありませんでした。
一帯が薄気味悪くぬかるんでいます。進みようがありません。

車を降りて目を凝らしていたら、懐中電灯の灯りが見えました。
手をつないだ若いカップルでした。
こんなときにお散歩?地震でおかしくなったのか?と驚きましたが、聞けば山元町の職員さんで危険個所の確認をしているとのことでした。
「この先の道は大木が道路を寸断していて絶対に通れない」と言われました。
事情を説明し、どうしても仙台に行きたいのだというと、角田廻りなら被害が少ないから抜けられると教えてもらい、お互い「気を付けて」と言い合って別れました。


山側の道に入るしかない・・・
最悪戻ってくればいい・・・

車がやっと一台通れるくらいの道をやみくもに進んでいると後続車がついてきました。
丁度そのとき、持病で足が吊り気味になってしまいました。
迷惑になると思い片側に車を寄せて停めると、その車もなぜか停まったのです。
ほどなく男性が出てきました。
消防団の法被を来ていました。そして崩れていた路肩のブロックを片づけ始めたのです。
ラッキー!
慌てて車を降りて道を聞くと、「おれは地元だから国道の車が動くところまで案内してやる!」と言ってくださったのです!
もう、涙がでそうでした。
ほんとに…この方だって他人どころではないでしょうに…。
細い細いお寺前の崩れそうな道や農免道路を延々走りました。


おかげで戻れた国道はすいすいと流れます。対向車線が渋滞していました。
後に、山元町の被害の大きさを知ります。

ラジオからは、「宮城の海岸に300人の遺体が打ち上げられているそうです。」と流れています。
「そうです」って、どうして確認できないんだろう?
「東北太平洋沖地震は…」。
被害が予想以上であることが段々とわかってきました。
むすめとは、時間差メールのみです。
ポロリポロリとくるメールに何度も何度も受信を確認しました。


あとは、避難先だという名取北高校にたどりつくだけ。
22時過ぎていたでしょうか。
仙台市内に入ると不気味な光景が広がっていました。
暗くて被害はわかりません。
というか、「暗い」のです。ポツンポツンと灯りがあるくらいです。
停電で信号は光っていません。
交差点は恐る恐るです。
スピードを落としても標識が読めません。

PCで場所はなんとなくわかるものの、たどりつけないのです。
たまたまいた方に聞いても、明るければ目印になるはずの建物が見えない。
うろうろすること1時間以上。
ここかと思って訪ねたところは、別の避難所でした。
たくさんの方が集まっていて駐車場の空きもないほどでした。


避難所になっていた名取北高校に着いたのは日付が変わった頃でした。
名取市役所でテレビクルーの中継車を見つけ、道を調べてもらったのです。
駐車場でホッカイロなどの救援物資を運んでいる方々に会いました。
体育館には大型のヒーターが入っていました。
3,40人くらいづつ、いくつかの輪になって椅子に座っていました。

娘は冷静でした。というか状況がわかっていないような感じでした(^^;。


そのまま明るくなるのを待っても良かったのですが、
それはそれでまた渋滞に巻き込まれそうで、自分の体力にも自信がなく、いっそ帰ろうと決めました。
動物たちと留守宅も心配だったのです。


帰路は、4号国道から角田・丸森を抜ける道路を選びました。
深夜のまっくらな道を進みます。何年ぶりかに走りました。

阿武隈川沿いの道もところどころ崩れていて、途中、地割れに激しくバウンドしたところがあり、ここで故障されてはとゾっとしました。
余震は続いています。対向車はほとんどありません。
橋を渡るときはとても嫌でした。


戻ってきたのは、4時過ぎでした。
入院したときのためにと、リビングに家庭用監視モニターを付けているのですが、電話回線がだめになり様子が判らなかったのです。
オーは泣きそうな顔をしていました。いや泣いていました。
にゃんずは・・・ばくばくとふつうにご飯を食べていました。
皆元気でしみじみうれしかったです。


テレビでは被害の状況が流れていて、いったいこれからどうなるのかまったく想像がつきませんでした。
ひとまず家は無事。
家族も無事。
水はでないし固定電話もダメ。
でも食糧も備蓄水も、人の分もペットの分も偶然かなりあるし、電気もある。
なんとかなるか、あとは時間を待つだけ、そんな風に思いました。
でも、それだけでは終わらなかったのです・・・。


このときのメールのやりとりは保存してあるのですが、いまでも怖くて見れません。
いまでもというより、逆に怖さが強まっていることに、これを書いていて気が付きました。


11日はリスト集で修羅場だげんちょね。
心は静かに過ごします。

Posted on 2012/03/09 Fri. 17:03 [edit]

category: 日々のこと

09

コメント

一年ですね 

わかにゃんさん、お久しぶり。
一年経ちましたね。
この一年、ほんとにお疲れ様としか言えない
くらい大変な一年でしたね。
これで終わりじゃない、まだ続くけど…(^^;;
私も何かまた活動しなくちゃ…と
心に誓う日になりました。

URL | みかりん #2uwYT1G6 | 2012/03/11 10:00 | edit

 

今朝、広島県内の某イベント会場で一同、黙祷しました。
ほんの1分間だけど、自分でも驚く位こみあげてきて、
しばらく動悸が治まらなかった・・。
午後の、その時間にまた心の中で合掌したけど、
周囲の大勢の人達もそうしたと思う。

ホント、F号は色んな意味でスーパーカーだったね。
完全装備で乗り込んだ母も最強ドライバーだ。
あの状況の中、娘ちゃんと帰宅成功なんてミラクルだもの。
おりんちゃん達、色んな力が、道標となって守ってくれてたんだね。
リスト集、修羅場の皆さんありがとうございます。

URL | キャサ #8gqKRnZg | 2012/03/11 17:47 | edit

 

怒涛の1年。ご自身も被災されながら、本当にありがとうございました。
3.11については、被災された方、亡くなった方、その近親者の方、どんなお気持ちで過ごされたのか
想像してみても、当事者以外には決して理解しえないと思い、ただただ1日も早く心身の平穏が訪れる日を願うばかりです。

私にとっては、3.12、今ぐらいの時間には、まだお預かりしている被災犬は大好きなご家族と一緒に過ごしていたのだろうか、と思うとキツイです。
騙し討ちでペットや家畜を置いて行ってしまった方の気持ちだけは痛いほど理解できる、と思います。

どうぞお体に気を付けて、これからもよろしくお願いいたします。

URL | うだ #Up/0QH2w | 2012/03/12 07:42 | edit

石巻市在住です 

 名取にいらした娘さんのことをどれほどご心配されたでしょうか。
本当にご無事でよかったです。

 あの時は、自分の目の前の想像を絶する光景や被害の大きさに驚き、悲しむばかりで、お隣の町や県へ気を配ることもできず、ただただ、自分の身の回りの家族や友人の無事を祈り、不安や恐怖に耐えるだけでした。

本当なら、お隣の県にいる私たちが一番に手助けしなければならなかったのに、自分がこの始末で、本当に情けなく、申し訳ない気持ちです。

 まずは一日でも早く自分が自力で立ち上がり、そして福島の人を支えられるようにならなければと改めて強く思った日でした。

 

URL | ゆき #- | 2012/03/12 12:29 | edit

一年 

わかにゃんさん~大変だったね~いや
大変なのが今も続きすぎだよね。
わかにゃんさんは体調悪いんだから
精神的にも安心できる日が一日も
早く来る事を祈ります。

バイキュ!

URL | みっひー #i9TR/Ooo | 2012/03/12 16:54 | edit

鎮魂。 

あれから 一年が経ったのですね。
昨日の2:46は 福島県三春シェルターで作業を中断して、皆で黙祷をしました。いろいろな事が良い方向に進むと良いですね。
前進あるのみです!まだまだ、頑張ります。石巻も大変なのに福島への応援 ありがとうございます。福島も石巻への応援に行ける位 前進したいです(^^) 頑張ろう!日本ですね(^^)

mitonさんへ  私は#138のホビオ(愛称)と何度も散歩に行きましたよ。もしかしたら、りみヒルでお会いしてたのかしら~?

URL | あやぱん #TWFpBTig | 2012/03/12 22:55 | edit

 

>みかりんさん
一年ですね。一日ごとに昨年の今日は、と思い返してしまうので、なんだか落ち着かないし気も滅入ります。
まあ、いつかは復興すんだろ、と開き直ってみます。


>キャ~さん
F号、働くねえ。四足には弱いので(笑)もうじいさん車に無理はさせたくないんだけどね。
なーにかふぐすぃまにも明るい話題は起きないもんかのぉ。
宇宙人がやって来て、突然なにもなかったことにしてくれるとか~(絶賛妄想中)


>うださん
命を救えないってことは、こんなにも重くのしかかるもんなんですね。
ワンちゃん、うださんのところで良かったですよ。
わかってくれる方のところで過ごせるのが一番。
わんにゃんはなーんでもわかって生きてるって思うことが多いです。
あ、でもうちのワンコは激おバカです。


>ゆきさん
いえいえ、震災被害は宮城や岩手の方がはるかに甚大でした。
こちらこそ、原発事故さえなかったら、そちらへの支援を遮ることはなかったのにと、いつも申し訳なく思っています。
ガレキ処理もそうです。心配はわかるけど、どうして他県にまでそうなっちゃうかなとテレビの前で怒っています。


>みっひーさん
今の緊張が解けたら、ばったりボケるかも知れん。
そんで、くーちゃんにからんで、思い切りひっかかれて我に返るのだ。
動物さん置いては逝けないでね。気を付けてがんばるよ。


>あやぱんさん
mitonさんと、りみヒルメイトなの?
個人ボラさん集まって、PBB48、作ってけれ。
え?PBBはね、「ピン・ビューティー・ボラ」のことだよぉ。

URL | わかにゃん #06McamLQ | 2012/03/15 23:13 | edit

おじゃまします6631 

あやぱんさんへ

ホビちゃん元気にしてますよ。
りみヒルは名前だけ知ってますが、愛知県在住なので行ったことありません。
朝晩の散歩に合計2時間近くアップダウンを歩きます。
おかげで人間の免疫力あがりました。
アイヌ犬の血筋ですかね。ものすごく飼い主に従順で、よく「お父さん」に似ていると言われます。
雪が降ったときは大喜びして雪の中に突進してました。

わかにゃんさん

お身体に気をつけて頑張ってくださいね。

URL | miton #- | 2012/03/17 00:46 | edit

PPB48 

さとうのあっちゃんです(笑)
 
 MITONさんへ
家の子は ホビちゃんの隣のクレートにいた子です。
ホビは 元気一杯でした。大事に飼育してくださってありがとうございます。

URL | あやぱん #TWFpBTig | 2012/03/18 01:13 | edit

 

おお、PBB48が徐々に結成されてゆく~

みんなこうして素敵な預かりさんや里親の元で過ごせるようになるといいですね。
安住の地が定まってはじめて動物たちの震災が終わるんだよね。

URL | わかにゃん #06McamLQ | 2012/03/18 19:12 | edit

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